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西郷山岳会 35周年記念登山
世界自然遺産「知床(斜里岳・羅臼岳・クルージング・雌阿寒岳)の旅」

1.期 日:2007年7月13日(金)〜17日(火)
2.参加者:真船 真、佐藤長三郎、深谷豊子、斉藤久之、芳賀幸子、菊地正良(幹事:登山隊長)、菊地美智子(幹事:会計)、薄井隆志(幹事:文責)  計8名

3.行動概要 (⇒:乗物で移動、→:徒歩で移動)7月13日 (金)快晴
西郷文化センター発:8時40分⇒福島空港発:10時40分⇒千歳空港着:12時10分⇒千歳空港発:12時55分⇒女満別空港着:13時40分⇒レンタカー移動⇒清里オートキャンプ着:15時10分⇒清里町16時10分〜19時30分(緑清荘:風呂、レストラン:夕食)⇒清里オートキャンプ帰着:20時・・22時就寝

7月14日 (土)快晴
清里オートキャンプ発:4時20分⇒斜里岳登山口発(清岳荘):5時20分→下二股着:6時20分(沢コース登山)→上二股着:7時50分→馬の背着:9時20分→斜里岳(山頂)着:10時10分斜里岳(山頂)発:11時→馬の背着:11時20分→上二股着:12時(尾根コース)→熊見峠着:13時30分→下二股着:15時30分→斜里岳登山口着(清岳荘):16時30分⇒しれとこ自然村キャンプ場着:19時30分・・・キャンプ場温泉で入浴、打合せ、食事、10時就寝

7月15日 (日)快晴
しれとこ自然村キャンプ場発:4時20分⇒羅臼岳登山口(ホテル地の涯)発:5時30分→弥三吉水場着:7時→銀冷水着:8時→羅臼平着:9時半→岩清水着:10時→山頂途中の広場で荷物デポ→羅臼岳(山頂)着:11時30分→山頂途中の広場(昼食):12時→羅臼岳登山口(ホテル地の涯)着:16時40分⇒しれとこ自然村キャンプ場着⇒17時30分・・キャンプ場温泉入浴・・・外食(荒磯料理 熊の屋)

7月16日 (月)快晴
しれとこ自然村キャンプ場発:8時⇒お土産屋⇒ウトロ港⇒観光船出航:10時・・知床岬往復観光・・ウトロ港帰港:13時45分⇒ウトロ港発:14時⇒摩周湖着:16時⇒雌阿寒温泉着:17時30分・・温泉、夕食
7月17日  (火)快晴
雌阿寒温泉発:4時→雌阿寒岳山頂着:6時30分・・朝食・・山頂発7時→雌阿寒温泉帰着:9時・・風呂・パッキング・・雌阿寒温泉発:10時⇒オンネトー(沼)着10時10分⇒女満別空港着:12時20分⇒女満別空港発:⇒千歳空港着⇒千歳空港発⇒福島空港着⇒矢吹町(ガストで食事・解散)

4.トピックス、ハプニングス
7月13日
福島空港の荷物検査で、真船会長・芳賀さん、薄井の手荷物(預入)からライター・ガスボンベが発見され没収された。特に会長の巨大バック内には、多数のライター所在を指摘され、その所在位置(5個)を突き止めるのに大変難儀した。結局、会長はこのライター捜しで大幅にエネルギーを消費し、以後の山行にかなりの影響が出たと思われる。又、佐藤(長)さんの機内持込手荷物の中にナイフが発見され、時間の無い中で「再度ナイフの預入手続き」を行った。すでに搭乗口改札員の目は、怒りを含んで完全に尖っており、「いそいで、いそいで」の声を聞きながら機内に滑り込んだ。当初予定の空港内レストランでのビール乾杯の夢は、もちろん泡の如く吹き飛んだ。
清里町(緑清荘)の温泉で、初日の旅の疲れを癒して、予約していたレストランで北海道の幸を堪能したが、会長の注文した「コカコーラは、まがいもので茶色の炭酸水」であった。コカコーラをこよなく愛する会長には、納得できない過酷な一日でした。(会長と美智ちゃん、コテージまでの運転お疲れ様でした)
   宿泊地の清里オートキャンプ場は、山間の静かな場所にあり、コテージは安価・清潔・便利(電熱・トイレ・ベット完備)のうえ、平日のせいか宿泊客も少なく、満天の星空を見ながら至福の時を過ごせた。

7月14日
斜里岳は、芳賀さんにとって「忘れられない山」となってしまった。
沢登りで「血が滲んで、爪がはがれた指」と、「全身の筋肉が悲鳴をあげる中」、ひたすら耐え、みんなに励まされて山頂を極めたものの、帰路の熊見峠からの急斜面は、彼女にとってあまりの悪路であった。この悪路は、芳賀さんのエネルギーを根こそぎ奪い取って、全身麻痺の状態まで追い込み、連続歩行が困難になってしまった。それでも転ばないように、怪我をしないように「全員でサポートし悪路と必死に戦い」無事に二股下まで下山できた。
その後、心神喪失の状態で清岳荘のトイレに入り、財布を忘れてきたが、財布が無事戻ってきたので、本当に良かった。
90分遅れを取り戻すために、夜食は刺身・惣菜・弁当と決めて移動を開始した。オシンコシンの滝を見物し、日没の「しれとこ自然村」に着いた。今後二日間世話になる宿泊地「しれとこ自然村」の喧騒には、正直驚いた。前日のオートキャンプ場のイメージで、静かな山間部と考えていたが、キャンプサイトで砂塵を巻上げなら駐車場を確保しなければならない程に多数の人とテントで一杯であった。これだけの人(150人以上)が居ながら、トイレが1個しか無く、朝の儀式は、「大変な混雑になるな」とうんざりした。

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写真 おしんこしんの滝にて

7月15日
羅臼岳登山口(ホテル地の涯)に向かう途中、ヒグマの親子(3頭)に出会った。岩尾別川対岸の川原(距離は50m程度)で、我々の車を気にすることも無く、ユックリ歩いていた。付近には人家が有り、散歩者も居るのに、さすが知床と言うべきか、いやはや完全にビビリました。

待望の夜食(飲み会)は、幸運にもインターネットに掲載されている荒磯料理「熊の屋」に、席を取れた。海の幸(荒磯盛り合わせの刺身等)は、まあまあであったが、「エゾ鹿のタタキ」、「海鮮ラーメン」、「アサリの酒蒸」と「その汁で作ったオジヤ」は、絶品でした。

熊の屋では、芳賀さんのキャラクター(人見知りしないで、誰ともお友達になれる)が、充分に発揮されました。地元の漁師さんとすっかりお友達となり、彼女と斉藤さんが翌朝6時に定置網漁を見学に行きました。
 
7月16日
美智ちゃんが、体調を崩しながら(誰だ。彼女に原液に近い水割りウイスキーを飲ませたのは)責任感から会計・幹事の仕事を全てそつなくこなしてくれた。・・感謝です。
7時半に定置網で獲ったマス(体長60センチ)を持って、芳賀さん達が戻ってきた。立派なマスでしたが、いかんせん旅の途中では料理も出来ず。写真撮影の後、付近のキャンパーに差し上げた。(会長がこのマスの刺身を食べて、「美味い」と言っておりました)
出発時、「燃えるゴミ袋(100円で購入)」を管理棟に出したら、生ごみを分離していないと指摘された。「えっ、そんなの聞いてないよ」と言いながら、腰を引いていたら、美智ちゃんが率先して全員に「皆でやれば早い」とゴミ袋から全てのゴミを取り出し、「生ゴミ」と「燃えるゴミ」に再選別しました。・・・エライ
今回のハイライト(ラウス港から知床半島の先端まで往復のクルージング)が、いよいよ始まった。ウトロ港の有料駐車場に誘導されるまま駐車した。(観光船オーロラ丸乗船場から一番遠い駐車場でしたが、・・)
菊地夫妻が、割引乗船券(インターネット割引証明書提示)を購入しているころに、我々は昼食弁当(千円と高価なわりに不味い弁当)を、クルージング会社から購入しました。
その後、思い思いに知床クルージングの夢を見ながら乗船し、4時間近い船旅を堪能しました。14時頃に駐車場に戻って来て、車を見てビックリしました。群青色の愛車は、カモメの糞で「ジュウタン爆撃」され、悲惨なありさまになっていました。隣の白色の車は無傷なのに・・・、この一帯に駐車していた青系統の色をした車は、全てカモメの糞にまみれて悲惨な状態になっていました。カモメの気持など、当然分からないが、この「カモメのウンコ場の駐車場」に誘導した人達は、内心で「カモメのトイレが来たゾ」と思って笑っていたことでしょう。
クルージング後の雌阿寒温泉に移動途中で、「霧の無い摩周湖を見ることが出来た」のは、芳賀さんの「根性と努力の賜物」です。先導車両が摩周湖方面に曲がらないで直進すると、すぐに携帯電話を先導車両に入れ、ユータン・進路是正させました。
摩周湖へ行く途中の電光板に「霧発生注意」の表示があり、「殆ど駄目」と諦めて摩周湖に向かいましたが、運よく霧の無い摩周湖を眺望することが出来ました。湖は意外に広く、中の島は微小でした。やはり写真で見るのとは大違いで実物を見られたのは感謝でした。(しっかりと記憶しました)
阿寒湖温泉は、硫黄泉で、露天風呂もあり大量のお湯が川となって流れています。
露天風呂に入った人の話では、外から女湯が良く見えるとの事でした。でも真面目な私達は、誰もノゾキを実行しませんでした。(でも・・どうして・・女湯が外から眺められるのが分かったの・・・不思議だ)

7月17日
オンネトー(沼)で、記念写真を撮った際、シャッターを押してくれたのは、棚倉町から来たライダーマンでした。(本当に世間は狭いものだ)
女満別空港、千歳空港で各自思い思いにお土産を買いましたが、ジャガポックル(北海道限定品のお菓子)は、入手できませんでした。非常に人気が高くて、「8時に入荷しても12時前に完売してしまう」とのことでした。・・・・無念
佐藤(長)さんのお友達(芳賀さんと言って、中島村近辺出身で、芳賀幸子さんの御親戚かもとのことでした)から「夕張メロンの差し入れ」がありました。

5.山行報告
 (1) 斜里岳 


清岳荘登山口からしっかりした林道を1km程歩くと、「ヒグマ注意」の看板を最後に林道が終わり、一の沢(赤茶けた沢床の石を見ると岩魚は生息して居ない)の右岸(進行方向左側)伝いの道となる。佐藤(長)さんがコースリーダとなって先導し、程なく沢床に降りた。岩に付けられたペンキの印に従って、右岸・左岸を渡渉するが、雨が降らなければ、水量もさほど多く無い(すでに雪代は終わっている)ので、靴を濡らす事も無く、沢に沿って歩いて簡単に下二股まで行ける。
ここから沢コース(旧道)を選択し、「ゴゼンタチバナ」、「エンレイソウ」、「サンカヨウ」、「ウツギ」、「シナノキンバイ」を楽しみながら、快適な沢登りとなる。
直登困難な滝には「巻き道や鎖が備えられて」おり、良く整備されたコースであった。水量が少なくなってから左岸(進行方向右側)を行くと、間もなく上二又に到着した。この辺から雪渓の消えたばかりの箇所は「若芽が芽吹いて小さな春状態」となっており、心をなごませてくれる。さらに豊子さんが見つけた「白い花のエンレイソウ」や「山桜の花」を楽しながら歩いて行くと、遠望していたガレ場(胸突き八丁)が、いつの間にか目前に迫っていた。ここを気合で登れば、程なく見晴らしが利いて、涼風の吹く「馬の背」に着いた。ここでは、チングルマの白い花とオホーツク海の北方領土の眺望を楽しみ、充分時間を取って休憩した。馬の背は、南斜里岳と斜里岳の分岐であり、左手の斜里岳コースに向かってハイマツ地帯のガレ場を慎重に登れば祠のある山頂手前のピークに着く。ここは小さなお花畑になっていて、キスゲの花が咲いていた。ここから山頂まで一気に登り、全員で歓喜の握手を行った後、山岳会の旗を出して、記念撮影となった。昼食を小1時間かけてゆっくり取ってから、いよいよ帰路についた。
帰路は、ガレ場を慎重に降りながら、再び「馬の背」で休憩をとり、上二股から新道(尾根道)へ進んだ。ここから二つの小さな雪渓を過ぎて、たおやかな尾根道を歩けば、簡単に熊見峠に到着する。しかし、この後の帰路は急斜面となってジグザグに下二股まで続き、初心者には厳しい道であった。何故このような厳しい新道を作ったのか解せないが、それなりの止むを得ない事情があったものと推測した。この帰路の悪路で我々の計画は完全に遅れてしまったが、止むを得ないことであった。予定より90分遅れて16時半に着いた斜里岳登山口の駐車場は、すでに他の登山者の車は無く、閑散としていた。しかし、全員で整理体操を行いながら、無事下山できたことを仲間達と心から感謝していた。
   
   (斉藤記)
7月14日さて、今日から登山が始まる。今日のターゲットは斜里岳である。地図や事前の調査では、距離はそれほどでもないが、途中の大部分が沢登り。まあ沢登りと言っても本格的なものではなく登山靴で上れるような場所であるとのこと。沢登りは景色がどんどん変わって楽しいよ!だそうである。
3時に起きて4時半出発。ここのキャンプ場は登山客が多いらしく何もいわなくてもゲートは朝4時から開いているのがうれしい。
道にも迷わず、途中から砂利道で不安だったが(道路ぎわに生えている「ふき」が美味そうだった)無事清岳荘に到着。われわれが一番乗りだろうと思っていたが、とんでもない、何台もバスを含めた車が止まっており、スタートしている人たちもたくさんいた。早々に体操をして出発する。なかなか高度が稼げないなと思っていたら、なんと砂利道の車道に降り込む???・・1KMほどで本来の登山道に到着。
ここから本当にスタートだ。10分ほど普通の山道を歩く、右からは沢の音が響いている。肌寒いが心地いい。
10分ほどで沢と合流、ここから本格的なのぼりはじめだ。基本的には左右のどちらかを沢伝いに上るのだが、時々川を渡る。
左右に切り立ったところは、よく見回すときちんと大岩をまいて進めるように道ができている。整備された登山道である。ぬれないと進めないようなところもないし、歩きやすい、途中横歩きで岩を伝いながら進む場所もあったが、おっかなびっくり進んでいく。
帰り道との合流地点を過ぎると、滝も見え始める。さらに進むと、沢全部がなめるような滝になっている場所などがあり、あきさせない。前方を見るととても大きく深い山で、沢の水も切れない理由がわかる。後ろを振り向くとオホーツク海からどんどん高度を稼いでいるのがわかる。沢から離れ胸突き八丁を上り始める。胸突き八丁とは言っても、そんなに急傾斜ではないので楽チンである。馬の背に到着。一気に視界が開け、本州での梅雨の「じめじめ」とは変わってすがすがしい空である。

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写真1枚目 沢のぼり初め まだまだ元気
写真2枚目 かなり昇っています
写真3枚目 沢もずいぶん小さくなってもうすぐ馬の背です

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写真1枚目 馬の背から山頂
写真2枚目 もうすぐ頂上
写真3枚目 ニッコウキスゲといわつばめ


イワツバメが飛んでいるのが見える。ちょうどこの山が太平洋側とオホーツク側の天気の境目になっているようで太平洋側には雲海が、オホーツク川には雲ひとつない景色が見られた。もっとも頭上は青空である。
馬の背から山頂が見える。まっすぐのぼりではなく、こぶが二つある。二こぶ目が山頂で、一こぶめと二こぶめの間は、ずいぶんえぐれている様にみえる。ここからは山頂まで高度差で200mくらいだろうか。取り付きに急坂があり、そこを上りきる(ひとつめのこぶ)と少し下り、また上って山頂だ。急坂に見えたがそれほどでもなかったのか、思ったよりも早く一つ目のこぶの山頂、下から見るとだいぶ「くだらなければと思っていたエグレ」は実際にはそれほどでもなかった、途中の祠にお参りをして山頂へ。
北方領土が雲から顔を出している。明日昇る羅臼山も見える。オホーツク海も見え大展望。写真を撮り、下山。約30分で先ほどの馬の背へ到着。ここで昼食となった。
当初計画よりも1時間くらいの遅れであるが、もともと、余裕の計画なので、あせる必要もなくゆっくり昼食。われわれの広げた弁当周りに三角点があり、食べている最中にぞろぞろ、覗きにこられるのには困った。場所を考えてご飯を食べましょう。ここの三角点は頂上ではない一段低いところにある、何でこんなところに??
さて、ご飯も食べ終わって降りはじめる。落石しそうな大岩が気になる。この山は登りの沢をそのまま下ると滑って危ないからなのか、新しい登山道が作られている。大きく回り込むことで、斜面をゆるくしているのかと思うととんでもない、上って下ってまた上って、最後に急斜面くだりがある。こりゃ大変だ。
沢が始まるくらいのところで新道に分かれる。ここからはまた歩きやすい道である。途中、雪渓を越したり、緩やかなのぼりやくだりを越して快適に進む。前方は快適な尾根道、後ろを見るとさっき登った雄大な山、左を見るとこれから下るフカーーイ谷が見える。左は雲海と大きな広い谷。今回は薄井さんが熊鈴をつけているが、私のリュックの中でコッヘルがからがら音を逢ってている、これじゃご飯だよ!って熊をおびき出しているみたいだといって笑った。カウベルの音に近い鈴をつけている人もあり、熊をおびき出しているようだといって笑う。
熊見峠を超えるといよいよくだりが始まる。今日は晴れているので何とか下れる
が、結構道がぬかるんでいて滑りやすくて大変である。何でわざわざこの道を新道に?と思ってしまうが、ほかに選びようがなかったのであろう。何しろ谷が急である。やっと下のほうに滝がみえた。「あんな遠いの?」とはいっても疲れてとまっていては進まないのでがんばって進む。だんだん滝との距離が縮まり、水の音も大きくなってきた。もうだめ!と言いたくなったころ、やっと合流点に到着、合流点には沢を下ってきたらしい人もおり、彼らは元気いっぱいの様子であった。来るときはたいしたことのない距離だと思っていたが、疲れた後では遠い道だった。
ここから、先ほどの急斜面よりは何ぼかましな道を下り始める。沢降りは、登りほど苦にならない。というか、もういいやという心境なので、ぬれてもいいやと水の中をジャブジャブわたる。・・・・・・やっと車道へ。
後は重い足を引きずりながら車へと帰った。だいぶ時間がかかったらしく、われわれのほかには車は数台しかなかった。

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写真1枚目急な下山道
写真2枚目とぼとぼ車道を歩く

 

 

 (2) 羅臼岳
満身創痍の芳賀さんと思いやりの佐藤(長)さんを欠いたメンバー6名でアタックすることになったのは、非常に残念であった。しかし、この2人のためにも、全員で羅臼山頂を極めなければならないとの思いを強めた。このコースは羅臼平までのアプローチが長いのが、特色である。(海抜250mから1661mの羅臼岳山頂まで高度差約1400mは、さほど問題とならない)
登山口で芳賀さん・佐藤(長)さんを含めた全員で記念撮影を行った後、芳賀さんを後に残して、広葉樹の林に入り、良く整えられた道をジグザグに登りながら30分ほどで尾根道にたどりつく。ここで見送りに来ていた佐藤(長)さんが未練を残して下山した。あとは気配りの美智ちゃんがコースリーダとなって先導した。又、超ベテランの会長はマイペースで登って頂くこととなった。
美智ちゃんが先導して1時間半近く歩くと、最初の水場(弥三吉)に着いた。ここで芳賀さんからの差入れ(サクランボ)をおいしく食べていると、程なく会長が追い着いてきて長い休憩となった。

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写真1枚目 看板が合ったけど、すでにヒグマ遭遇後なのでべつに驚きません
写真2枚目 大沢入り口にて


会長との距離があまり大きくならないように、極楽平、羽衣峠、銀冷水で適度に休憩を取りながら時間調整をした。銀冷水を過ぎて間もなく雪渓の大沢入口に着いた。大沢には700m以上の雪渓が残っており、知床半島クルージングでもハッキリと確認できた。しかし、この雪渓は、途中から勾配がきつくなって、後ろを振り返ると「滑落の恐怖」を覚えるほどである。(幸い、雪渓表面は気温の上昇でザラメ状に融けて、アイゼンは効かないが、ステップを確実に切って行けば問題なし)
コースリーダの美智ちゃんは、一度も後ろを振り返ることなく、確実なステップを切って雪渓を越えて行った。
大沢を過ぎて左右に「ハクサンコザクラ」の花を見ながら羅臼平にでると景色は一変した。背の低いハイマツ地帯が延々と続いて、一見すると緑の絨毯を敷き詰めたように見える。さらに大きく開けたところにある鞍部のキャンプサイト地で写真撮影後、羅臼岳や三峰岳を眺望し「秘境しれとこの雄大な自然」を実感できた。
最後の水場である「岩清水」で、喉をうるおした後、昼食用の水を補給し、適当な空き地にザックを置いて「赤や白のツガザクラ」、「イワウメ」、「イワヒゲ」を愛でて会長の到着を待った。はるか彼方から会長がゆっくり歩いてくるのが認められたので、全員で手を振ったが、会長の反応が無かった。(会長は我々を認めていたが、「手を振るのが恥ずかしかった」とのこと)
羅臼岳は巨岩の累積したドームである。両手両足を使って慎重に登らなければ、大きな事故に直結する。狭い山頂に強風が吹き周囲は切立った崖なので、山頂に居るだけで恐怖を覚える。とりあえず会長以下全員の記念撮影を行い、早々に下山した。しかし、360度を見渡せる眺望は素晴らしく、雲海の太平洋側と快晴のオホーツク海側のコントラストが印象に残った。

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写真1枚目 極楽平より山頂を望む。もうひとがんばり 
写真2枚目 ここに水場が。。冷たくておいしかった
写真3枚目 もうすぐ山頂。風が強かった。


山頂直下の荷物をデポした場所で、昼食をゆっくり取って出発の時間を見たら13時に近かった。このままでは15時半に登山口まで戻ることは困難なので、佐藤(長)さんと芳賀さんに「到着が遅れる」事を連絡しなければならない状況となった。しかし、「秘境しれとこ」では、簡単に携帯電話のつながる電波状態ではなかった。
豊子さんが、連峰会(厚生病院)直伝のスピードで降りながら、電波状態の良いところ捜したがなかなか見つかるものではなかった。気の急く中、滑落の危険箇所の大雪渓の大沢は、会長を先頭に「かかとステップ」で無事に下降できた。結局、電話連絡出来ないまま16時40分に登山口に戻ってきたが、長いアプローチの一日であった。

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写真1枚目 下りもいい眺め。海が良く見えました
写真2枚目 下った大沢を望む。

 

斉藤記
本日もずいぶん早く出発したつもりだけど、駐車場はいっぱい。仕方なく路上駐車となる。そのすぐ隣に鹿が草を食べている。どんなところだ・・
じっくり柔軟体操をした後出発。今回、芳賀さんは参加しない。昨日の斜里岳で「明日のジョー」のように真っ白になってしまいました。
長三郎さんが芳賀さんと一緒にいてくれるとのこと。途中まで一緒に上りましょうと30分ほど登山。”長三郎お別れの坂:勝手に命名(笑)”まで見送ってもらい、そこからは延々と上り始める。ここから熊いるよ!の看板を抜け進む。今日は昨日と違って、何箇所か水場があるとの情報なのだが、そんなに湧き水あるのかと結構安心、ちょっと不安。残念ながらその不安があたった。水場とは雪渓の水だったのだ。この水は飲めないだろう(飲みたくないな)ということで、芳賀さん差し入れのさくらんぼをほおばり先に進む。
さらに一時間ほどでもう一箇所雪渓の水場があったが、ここはすぐ横が壮大なトイレとなっており、(私は見ていないが)ちょっとここの水もパスして次に進む。
さらに一時間、大雪渓(大沢)に到着、イヤー気持ちいい。雪焼けを気にしながらずんずん進む。朝一番は凍っていたらしいが我々が着いた頃は、グズグズの雪になっており、不安なく上れる。
この雪渓で一気に高度を稼ぎ羅臼平へ到着。なんと、数張りのテントがいた。
この人たちは熊が怖くないのだろうか?・・・そんな人のために金属の食料BOXがあり、そこに食料を入れてテント内で眠るようである。食べ物の臭いで熊をおびき出さないように、「うーん、ここで焼肉料理なんか・・駄目だろうな。」
羅臼平を過ぎ羅臼山頂ふもとへ、ここが最後の水場。名前は岩清水、期待して行ったら、期待通り、岩から冷たい水がたれている、ぐーーーと飲んで体力回復。
ここで、遅れて上ってきている(はずの)会長を双眼鏡で発見、水場の上の広場で合流。合流後ザックをおいて最後ののぼり、大きな岩がごろごろ、頂上まで続く。「とてつもなく大きな岩場」が少しづつ崩れたような地形である。大きな剥離したような岩がそこかしこにある。その合間を縫って進んでいく、前方の菊地さんが思いっきり頭をぶつけたらしい。「頭ぶつけの岩」を回り込んでいよいよ山頂が目の前、ものすごい風である。下から見てもすごい風だったが、頂上に出ると、すごい、飛ばされそうである。岩にしがみつきながら山頂到着。旗の下で集合写真を撮り、会長一人の写真も撮り、・・・・会長満足そう。
下山もザック置き場までは、岩場が多く大変難儀する。どんどん後発隊が上ってくる。”頂上は風強いよーーー”と言いながら降りる。ザック置き場にて昼食。
ここからの帰りも長い道のりである。水のみ場で冷たい水を飲んでいるうちにどうも待ち合わせの3時半には間に合わないな!ということが明確になってきた。
羅臼平にて、再度、会長と一緒に記念撮影。雪渓は、思ったより斜度があり、下りに慣れていない別パーティと一緒に無事に降りた。「よかったね」といいながら別れる。大沢を越すと、深谷さんにスイッチが入り、走るように降り始める。待ってーーー、と言っているのに”やだ”といわれる。
極楽平にて、「とうとう待ち合わせの時間に着かない」ということになり、薄井さんのみ先に降りる。薄井さんは、この後猛スピードで下っていった。
残りの5人は急ぎながらゆっくり下った。しばらく行って、「後何キロ」と目標にしていた地点が実がゴールではなく中間点で「それからつづら折れを一時間も歩く」と気づいたときは「とほほ」であった。さて、つづら折れを折り始め、長三郎見送りの塚を通り越して、30分ほどでゴールに着いた。極楽平らから1時間半、薄井さんは40分ほどで走破したそうだ。
「すげー。」
長三郎さんは3時半待ち合わせのところ3時にはついていて、3時40分ごろに薄井サンと合流、その後1時間後にわれわれがついたので待ちくたびれていたらしく、整理運動もしないまま車に乗って出発してしまった。われわれ2号車は、それでも少しは、筋を伸ばして、また、さびしいバンガローへ向かったのだった。


(3) 雌阿寒岳

 


10時までに雌阿寒温泉(野中温泉)まで戻ってきたい。女満別空港には、余裕を持って着きたい。そんな思いから逆算し、4時に雌阿寒温泉を出発した。
体調の回復していない芳賀さんに見送られて、数分歩くとエゾアカマツの森の中に登山口があった。活火山で噴気をあげている山(噴気の音がハッキリと聞こえる)なので、なんとなく硫化ガスの臭いが気にかかるとともに咽喉の変調を覚えた。
しかし、登山道は良く整備されており、さらに「1合目(標高750m)〜山頂(標高1499m)」まで、各合目に白い木の標識が立てられていて分かり易い山である。
エゾアカマツ地帯を過ぎて、大きな涸れ沢を渡ると、4合目でここからの傾斜がきつくなってくる。5合目を過ぎるとハイマツもまばらになって、岩礫のガレ場となる。ここで一休みしながら、後方を振り返るとオンネトー(沼)が西方に見え、遥か彼方に大雪山の山並が眺望できた。
火山地特有の滑りやすい砂礫の急登をジグザグに黙々と登り詰めると、阿寒湖、雄阿寒岳(標高1371m)がハッキリと見えてきた。ほぼ山頂に近づいたところで、
火口を覗くと、足元からスッパリ切り立った崖になっていて、思わず腰が引けた。
登山道の右側にロープが張ってあって、そこから先は侵入禁止になっている意味(転落防止)を充分に理解した。毒ガス渦巻く火口に転落したら救出するのは非常に困難である。絶えず噴煙をあげ、硫黄を噴出している火口内の様は、まさしく地獄の釜を連想させる。
9合目を過ぎたところで、小休止しながら会長の到着を待ち、6時半に全員で一緒に山頂に立った。山頂には方向盤があるだけだが、山岳会の旗を出して記念撮影を撮り「朝飯タイム」とした。お湯を沸かさない朝食(御握り、ミカン、菓子のデザート)は意外と早く済んで、7時に帰路についた。帰りは石車による転倒に気を付けながら慎重に下山し、9時に幸ちゃんの待っている雌阿寒温泉に戻ることができた。

 

斉藤記


17日昨日で連休も終わり、今日は最後の登山である。
残念ながら本日も芳賀さんは休養、帰りの飛行機の時間が決まっているので仕方ないのである。
本日のターゲットは雌阿寒岳、それほど厳しい山ではないとのことで、私はサブザックで挑む、水は1L、情報によると山頂まで1時間半で上ったつわものがいるらしい、午前中に斜里岳にのぼり、車で移動、午後から雌阿寒を上ったそうだ。
本日は4時出発。今までで一番早い。旅館を出たところが直ぐ登山道である。まだ暗いうちに出発となり、(本当に林の中は暗かった)我々が一番乗りだ。ここの山は1号目から頂上まで道しるべが、立っており、目標がわかりやすい。
上り始めると以外に簡単に高度が稼げる。まだ誰も上っていない山を登るのはいいものですな。はじめ頭上にあった雲がだんだん、真横になり、眼下になっていく。ゴーゴー音がするので今日も風が強いのかと思っていたら、噴煙の音だという。ほんと??・・・・・本当だった。
4合目くらいで林を抜け「ガレ場」に到着。ここは火山なので、木が生えていないのだ。目標の山頂付近が朝日で輝いて見える、ふと黒い影が動いた。熊だ!!
だけど、えさもない頂上付近に熊がいるのか??・・・まあいいや進もう。ガレ場を7合目ほどまで進むと、本日の第2陣の人が下のほうに見えた。雲海に虹もみえ、オンネト湖もきれいである。途中休みを入れながら高度を稼ぐ。

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写真1枚目 綺麗な朝日を眺めながらおにぎり朝食 うまかった。
写真2枚目 8合目にて

さっきの熊出現場所を越しても何もいないのでほっとして進む。もうすぐ火口(カルデラ)というところで、人に会う。さっきの熊の正体は人であった。
火口横につくと大きなカルデラが出現する。吸い込まれそうだ。カルデラ湖「赤沼」は思いのほか小さい。横からシューシュー蒸気が噴出し、硫黄の固まりも見える。カルデラのふちを左に曲がり、目標の頂上が見えた。回り込むと、カルデラの対面にも木が一本も生えていない火山の光景が広がる。

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写真1枚目 こんな感じののぼりです
写真2枚目 9合目もうすぐカルデラ
写真3枚目 カルデラ湖


ここで少し会長の到着を待ち一緒に山頂へ、幸い後ろから来ていた第2陣の人たちが、我々に追いついてきたので、全員参加の山頂写真を撮ってもらう。
ここから周囲を見ると阿寒富士、(こちらを回る登山道もあり)雄阿寒岳、雌阿寒の別火口、遠くには大雪、日高、知床まで一望できる。頂上の展望を堪能、朝食を食べて、写真をとり、帰り際に青沼(もうひとつのカルデラ湖)を見て、帰路に着く、そろそろ会社ではみんな出勤してくる時間だ。イヤー悪いねー。
一人だけ楽しんじゃってサ。先ほど来た道を逆向きに降り始める。途中、登山者と会うが、さすがに平日とあって、昨日までより少ない気がする。
犬連れの登山客が多く3匹見かけた。(薄葉さんじゃないよ)まさおくんによく似た犬もいたなあ。
帰りも何合目の標識はありがたい。深い森の中をとおって無事到着した。思ったよりも帰りは早く到着した。
これなら、(車を回しておいて)オンネト側に降りるのも楽しかったかな??

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写真1枚目 雌阿寒頂上から阿寒湖と雄阿寒岳
写真2枚目 頂上にて